この作品は、作家が自ら制作した写真作品に対して抱いていた
「しかし、私はただシャッターを押したに過ぎない。」という意識を出発点に制作されたものです。
イメージの採集行為としての撮影から脱却を図るため、連続撮影と複写行為によって本作品のイメージは作り出されています。
これにより、作品の中から撮影者としての作家の気配を排除すると同時に、
イメージの内へコンタクトプリントの持つ物質性を内包することへと繋げています。
作品タイトル『one /róʊl/』は、“roll”と“role”がどちらも発音記号で /róʊl/ と表されるホモフォンの関係であることから、
「1つの役割」という意味と「ある1本のロールフィルム」という意味が込められています。
火を着けるための最もシンプルな道具でありながら、しばしば人生の比喩としても用いられる燐寸と、
ただ写された現実でありつつ、時としてそのイメージに様々な意味を付与される“写真”の姿が重ねられています。
本作品は、単純なイメージの列挙によってイメージの表層からは離れた作品の受容が企図されており、
一見すると連続して見えるイメージではありますが、作品の細部から、実際には編集されたものであることがわかります。
ここでは人生を示唆するものとして扱われている燐寸を、
作家の感性によって取捨選択することは、ある意味で人生への冒涜行為であるかもしれません。
しかし、こうした一方的なまなざしは私たちの社会の中でも時として見受けられるもので、
社会的に形作られたロールモデルとされる人生像と、現代の多様化した個人の幸福観との間に生じる差異も
そうしたまなざしに起因するものの一つでしょう。
本作品は、作家が燐寸に対して侵した禁忌によって、逆説的な形で人の視線の一面性を指摘するものとなっています。