パンとジャム
齋藤響
パンとジャム
写真における支持体とイメージについて、
パンとジャムに置き換えて考えることができ、写真はパンにジャムを塗ったようなものである。
写真を見ることはパンに塗られたジャムを見ることであり、
そのジャムがどこで作られたかとかを聞き出すことではない。
私は写真を純然たる写真として、そこにただあるモノとして見たい。
しかし、写真には主体的要素が多すぎる。そしてそれらは付き纏いすぎている。
そのため、私は写真から主体的要素をできるだけ引き剥がし、
写真を即物的に捉え、客体化する必要があると思った。
この作品は引き伸ばし機で投影したネガフィルムのイメージをデジタルカメラで淡々と記録した。
撮影された写真はただそこにイメージがあることを即物的に記録したものとなり、
感情などの主観的要素を持たず、ただそこにあるモノとなる。
齋藤響